原作者の西原理恵子さんがデビューするまで…

原作西原理恵子の『ぼくんち』の実写映画

デビューするまで…

「ぼくんち貧乏なんです!」と映画の中でセリフが登場しますが、このシーン思わず笑ってしまいます。映画は原作「ぼくんち」と分けてみたほうが、より楽しめる作品です。貧乏な家のかあちゃん今日子を演じる鳳蘭に、かの子姉ちゃんを演じる観月ありさの2人の長い手足。でも貧乏な家というチグハグ差も加えてみると、より原作「ぼくんち」とは違ったユニークな映像になっています。

サイバラさんの作品には、たくさんのダメな大人が登場していますがサイバラさんの魅力は、ダメな大人を笑い飛ばしてしまう。包み隠さず登場させて笑い飛ばせるところじゃないかな。と勝手に思っています。

西原理恵子さんの作風

絵柄はとてもラフな絵柄が特徴です。そして、ギャグ作品が特に有名ですがギャグ作品になると、特に書き殴っているような印象の絵柄になっています。大人向けのマンガを描かれていることが多いのが特徴ですが、、マージャン漫画やパチンコ雑誌などに連載を持ぅっています。なんでもギャンブルに費やした金額は、10年間で5000万円というすごい金額ですが、サイバラさん自身が「ギャンブルマンガを描くに実際に体験する必要がある。」と言うとおりに、数年間の間パチンコや高額レートの麻雀にどっぷりと熱中する日々が続いて、サイバラさんがギャンブルで負ければ負けるほどに、読者から大いに受けたそうです。

エッセイマンガが大人気で、1992年に週刊朝日でコラムニストのコータリンこと、神足裕司さんとタッグを組んで連載した「恨ミシュラン」は大人気作品になりました。


サイバラさんがデビューするまで

1964年11月1日に高知県の高知市で誕生していますが、実の父親はかなりのアルコール依存症だったようです。サイバラさんの母親は、姑問題そして夫はアルコール依存症で入退院を繰り返す・・という日々に悩ませされていて、娘となるサイバラさんを身ごもっている最中に実家に戻ってサイバラさんを出産しました。実の父親はその後亡くなっているので、実の父親とは会うことはありませんでした。

母親はサイバラさんが7歳の時に再婚したので、サイバラさんにも父親が出来ますが、義理の父親は大のギャンブル好きということで、いろんな商売をしては成功したりはたまた失敗したりと、かなり浮き沈みが激しい生活でしたが、義理の父親はサイバラさんを実子のように可愛がってくれて育ちました。

私立の土佐女子高等学校に入学しましたが、お酒を飲んだことで退学処分を受けてしまいます。でも一方的な学校の言い分にサイバラさんはかなり好かったようで、義父からお小遣いを前借して学校側を訴える行動を取ってみます。このときにすでに、現在のサイバラさんの作風が出来上がっていると思えますね。

この裁判を取材に来ていたフリーライターの保坂展人さんと知り合いになりますが、サイバラさんが初期の頃仕事はこの時に知り合った保坂さんからの紹介での仕事が多かったようです。土佐女子高等学校を中退となって、サイバラさんが目指したのは美大です。ところが美大受験の前日に、義致死がギャンブルで莫大な借金をつくったことが理由で自殺をしました。

美大を目指して、高知からひとり19歳で100万円を持って上京しますが、予備校のテストを受けた結果は最下位だったことから、これじゃあ美大の合格は無理だろうな。と考えたようで、この頃からカットを描いては売り込みをする。ということを始めています。

大検にも合格して、美大受験の予備校立川美術学院に通いますが、この予備校でゲッツ板谷さんや野村昭嘉さんと出会います。この出会いはサイバラさんにとっては大きな転機となったようです。そして1年後に目指していた美大の武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科に入学しました。

美大に在学中はもちろんアルバイトをしながらも、カットを描き続けています。そして成人雑誌のカットが、ある編集者の目に止ることになります。サイバラさんの作品に目にしたのは、小学館の編集者で業界で一番のマンガ好きの八巻和弘さんです。八巻和弘さんはサイバラさんをメジャーに引き上げた人物です。

そして八巻さんからのスカウトがあり、遂に漫画家としてデビューを果たしたのは1988年(昭和63年)のことです。小学館の「ヤングサンデー」で『ちくろ幼稚園』がサイバラさんの記念すべきデビュー作品となりました。子どもの残極さが、ギャクタッチで描かれているブラックユーモア満載な作品でサイバラ作品の特徴が『ちくろ幼稚園』にもふんだんに見ることが出来ます。

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